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いま、助かるから

生きててね。

SOS004[鼠]

 

普通の幸せのがどれだけ良いか頭では分かってる筈の人間も含む輩とちょっくら普通の幸せにケチつけて来ますよ。

 

寝坊した上猫耳が見つからなくてブチ切れながら家を出た最悪の朝だったからこの後殺傷事件に遭いたくない。あそこ鼠だけじゃなくて通り魔も沢山隠れてそうだし。通り魔される前に通り魔になりたい。

 

生還を願ってください。

それでは🌱

SOS003[同盟]

本日は「複数の人と関係を持つ事」について考えます。

 

きっかけは、他人の某SNSアカウントにて自分に関するクソリプを発見した事です。

 

私が今恋人として付き合ってるその人は某SNSがそこそこ充実しており(リア友もそうでない人も含むフォロワーが千人程度居るというレベル)、私は本人からそれを自由に閲覧する権利を与えられています。

 

その人は中々自由奔放というか常に我が道を行く系のタイプで、その姿勢は某SNSの使い方や呟き内容からも伺う事が出来、気持ちに余裕がある今みたいな時は割と楽しんでアカウントを覗いてます(そうでない時も“やめときゃ良いのに”覗きに行くのですが、そういう場合は楽しむどころか勝手に価値観の違いに殴られて死にたくなったりしてますアホです自業自得)。

 

本題はここからなのですが、その人は以前から「恋人(私)のみならず色んな人と同じ密度の関係を築きたい」というこれまた日本社会には滅多に見られない思想を某SNS上で時折かましております。「また言うてるな」とそういう類の呟きを流し読むのがご機嫌な私の通常運転ですが、つい先刻なされた同様の呟きにとあるリプが付いているのが目に留まりました。それが最初に述べた例のクソリプという訳です。

 

それは一般人の典型みたいな年下のリア友から送られたらしきもので、内容は「それ言われたら悲しいモンですよ(ワラ」「倦怠期では?」といったものでした。それを貰った本人はその後ふつーにそのクソリプマンと会話してましたが。

 

…いやいや多分マジ普通の人からすればコレただのリア友同士のやり取りをしようとして発されたものじゃんどこがクソリプだよって感じだと思うんですけど、私からしてみれば一大事ですよ。勝手にそのリア友の主観的な「恋人という概念」にされるという形で、「概念」なんかじゃない一人の人間としての「私」が巻き込まれてるんですよ。だから私は例の恋人の思想よりこちらの方のリプの無神経ぶりの方が遥かに心底気に食わねえと思ったんですよね。「一般的クソリプ」じゃなくて「私にとってはクソリプ」という話なんですね。すみません。

 

となると、「よく分かんねえけどじゃああれか、悲しくもなければ倦怠期でもないし💢ってのが言いたいのか」…と考えられるでしょうが、そう言われてもいまひとつしっくり来ません。私も天邪鬼ながら日本社会の常識に育まれた人間の一人なので、例の思想を見て全く「悲しく」ならない訳じゃないとははっきり言えますよ(倦怠期という点については滅茶苦茶否定します)。私は実際どうであるか以前に、赤の他人に私のプライベートな感情やらステータスやら主観で決めつけられるのが大大大嫌いなんですよ。それが図星だろうと全くの大ハズレだろうと。私の中にある「悲しい」とか「倦怠」とか、てめえの恋愛における主観的思想を一般論と勘違いして勝手に決めつけんじゃねえと。そういう無意識の傲慢に超イラついた訳です。殺すぞ🖕

 

それと同時に恋人の思想に覚える自身のモヤモヤに対しても疑問と怒りが生じたので、今回「恋人が複数の人と関係を持つ事で何故モヤモヤするのか」について考えるに至りました。私は以前実家から帰る際の飛行機で家族と隣り合わせになった時、自分自身を家族という「大国」と対峙する「小国」に例えた事を思い出しました。

 

そこから考えは以下のように発展しました。

 

自分自身という人間が「小国」。すると、それ以外の他者一人一人も「小国」。その二つが一緒にペアを組むという事は、それぞれが恋人という「同盟」を組むという事。


…同盟を複数の国と組んで何が悪いんだ…?
三国同盟は3Pだった…?
…寧ろ同盟国を増やしてくれた方がこっちにもメリットが生じるのでは…?

 

…私はバカなのでひとまずここまで考えた所で「複数の人と関係を持つ事」に関してはあっさりと腑に落ち機嫌もすっかり直ってしまいました。

 

前半の文章は中指でフリック入力していましたが、後半どうでもよくなって来た頃にはいつも通り親指と人差し指での入力に戻ってました。

 

でも「恋人が複数の人と関係を持つ事は何故モヤモヤするのか」っていうのは、個人的で拙い例えによって単純に終わらせるには中々勿体無い位面白い問いだと思ったんで、冷静になった今もう少し深く掘り下げてみても良いのかなと思いました。

 

終わります。めでたし🌱

 

SOS002[寄せ書き]

皆さんいい初夢は見られましたか?

私は夢の中で高校の理科の授業に遅刻しました。


本日は、中高の卒アルの寄せ書きを見て秒で吐き気を催したという話をします。


特に「そのままの○○でいてね」というメッセージを目にした瞬間強いダメージを受けました。書き手の人には本当に申し訳ないけど…


この感じが収まらない内に、その理由について触れようかなと思います。

多分、落ち着いてからだと思い出すのに時間がかかってダメなんです。

(「忘れてなかった事にすればいいじゃないか」とおっしゃる方、なかった事にしてきた結果がこれなんです…)


まず、当時中高時代の友人の多くが指す「そのままの私」っていうのは、「明るく素朴で年齢にしては幼いアホなキャラクター」ではないのかな、と自分は勝手に予想しています。


…当たり前ですが、他の人間の立場になった事はなく、実際自分がどう見えていたのかなど全然わかりやしませんので、この時点で悩みのタネがただのイタい自分のキャラ妄想から成ってる事が分かりますね…既にお腹が痛いよう…


まぁ中高の6年間においては、上のキャラを「演じる」という感覚をほぼ常に持っていた事は間違いないと思います。

際立つ長所や特技が無いという自信のなさと共に、その分何としてもキャラの濃さという点においては「数ミリでも爪痕が残ればいい」位には思っていたものですから。そのように思えたのも、「何もない上にコミュ障と呼ばれるようになってしまったら絶対にコミュニティから排除される」という思い込みの恐怖故です。(人間失格の主人公葉蔵の幼少期には親近感を覚えます…)

上手に話し言葉を扱えなかったり(時にそれで誤解を招いたり)、大事な物や約束を高頻度で忘れるなど、本当にアホな部分も自分にはあったので、それが上手いこと許されるように必死で頑張ってたっていうのもありますね。あぁ、最低だ…


当時友人に無理をさせていたか否かはともかく(確実にさせていたでしょう)、確立に勤しんだオモシロキャラクターを中高で何人かにそれなりに評価していただけたので、それを大学生活ではどこか過信していたのでしょうね。社会人の真似事みたいなサークル活動に片足突っ込んだりもした訳ですが、求められているものが中高のおままごととは違うので、当然の如く、キャラでカバーしきれないほどアホな部分が強く裏目に出ました。大事な連絡を忘れたり人前で話す場で中身のないスピーチを時間をかけてする等、他人をも巻き込む失敗を沢山しました。


(因みに周りに具体的な失敗談を自虐的に持ちかけてみても、覚えている人は殆どいません。みんな、私の失敗を軽いものとして受け流せるほどに有能だったんです。それもまた情けないことのように思えます。)


周りの優しい部員の人間が、私の人当たり(キャラクター)をコミュニティに属する人間同士の仲の潤滑油のようなものと称する事で、どうにかその団体に引っかかってここまで来れたようなものですね。

私よりずっとその役割をちゃんと担うことが出来ていた人なら、他に沢山いたというのにね。


私は「あれば助かる存在」は演じる事ができても、「なくてはならない存在」でいる事は叶わなかったように思います。


失敗を犯し続けた大学生活の中で学び得た事は、「自分はこれまでの人生で、いかに外面を装う事しか精を出してこなかったか、また、その結果いかに薄っぺらい人間に成り果ててしまったか」。これ以外にはないと考えます。


だから私は、私が遠い過去から作り上げて来たこの「キャラ」というものが今や憎くて憎くて仕方がないのだと思います。それと同時に、「キャラ作り」の上で押さえ込まれてきた自分の別人格が叫びを上げているんだと思います。先日小学校の自由帳を見たときも同じような吐き気を催したので、きっとその位から続いてきたものなんだと思います。


つまり、これまでの人生ほぼ全てに対して今の自分は否定的になっているという事ですね。

これからの人生まだまだ長いのに、もう寿命が来てしまったような気分を味わっています。


これからどうしていけばいいのでしょう。

大嫌いになってしまった自分の表面上の「キャラ」を無理矢理にでも演じていくか?

それとも現に助けを求めている、押さえ込まれがちな自分の声に耳を傾けるか?


…多分今は後者に徹底しないと本格的に壊れる気がします。

現在進行形で家族に「前みたいにもっと笑え」など言われたりするのですが、正直無理なんでやめて欲しいです。死んじゃう…


けど、人生短いですし就活も控えておりますので、いつまでも陰鬱としていられないという事も分かります。


なので、少しでも自信を取り戻す為に一応勉強や創作などをそれなりにやってみたりもしています。


いつか卒業アルバムを再び広げた時、笑えるように頑張りたいと思います。

程々に。



全く別の話に変えます。

この記事の文章はスマホで作成していますが、スマホを遊びで弄ってるとしか見てくれない大人に見つからないよう、自室でこそこそしなくてはならないので、非常に惨めです。

これは自分にとって大切な機会なのに。

部屋に近づく足音が怖い。

フリック入力をする手が自然に止まります。

ただ側を通りすがるだけの大人は悪くない。

もっと言えばスマホを弄る自分に介入する大人の行動にも悪意はない。

その位の事で私の身体はどうにもならない。それは頭でわかっている。

しかし私の心は、執筆を妨げられる事を命を脅かされる事と同じように捉え、巣に逃げ帰る小動物のような気持ちにならざるを得ない。

要は被害妄想というものなんでしょう。幻。

幻は幻でも、害を被る事は恐ろしい。怖いものは怖い。

こんなにも怖いのに、異常なのは自分の方であるという事実が苦しみに拍車をかけます。


幻覚を見るのは皆さんだって嫌でしょう?

タルパーなどの方を除いて、幻覚を自分の意思で生み出せる人なんてほぼほぼいないでしょう?


誰か私を正気に戻してください。

すみません、ではまた。

SOS001[初]

おはじめまして
本日よりブログを始めます、めると申します。

このブログは、主に自分の感情を整理する為にやっていこうと思います。

なんで自分の感情を整理したいかというと、私はまだ私自身をよく理解出来てないからです。

例えば、今の私は、とにかく自分にダメだダメだと言い聞かせることが本当に多いです。
幸いにも、周りには「そうじゃない」と言ってくれる人が沢山いますが、それにも関わらず、自分の心はお礼を言いつつもその心遣いを受け入れようとしません。常に疑念がまとわりつくのです。
あろうことか、時には敵意を剝きだしてそれを撥ね付け、相手に動揺を与えて気を滅入らせる事すらあります。そういう態度は余りに失礼という事くらいは分かるので、申し訳なくなります。

この心の枷は何なんでしょうか。
私だって「そうじゃない」と言いたい。というか言わなくてはならない…

昔はもう少し素直(?)にそういった人の声を聞く事が出来た。敵意の扱いも、今より大分ラクだった。
上の例の他にも沢山の変化が自分の中に起きてるし。
悪い変化ばかりじゃないけど…変化自体慣れてないからものすごく困惑している。正直怖い。

…いや、寧ろ昔から自分の中に生じていた「歪み」がどんどん大きくなっていった結果がこれだ、っていうのを薄々感じる。

その「歪み」の正体を今も自分で上手く言い表すことが出来ないという事…それが今の問題の本質なんじゃないかと思う。

とにかく私はもっと私を知らなきゃいけない。おそらく遠い過去から続いてきた自分の心の叫びに耳を傾けたい。あわよくば、それを他の人にも不快な思いをさせずに届けられるようになりたい。

本当の私は私を含め(というか私を一番に)、だれも傷つけたくないんです。

何言ってるか分かりづらかったと思うけど、改めてよろしくね。


1日の内にアップしたかったけど上手くいかなかったのが残念です…

こういうどうでもいい事でも自己嫌悪に陥りがちだけど、どうにか気持ちをコントロールして、寝て起きてまた頑張ります。

良い初夢見よう。

 

める